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「患者・市民の医療行政への参加」 栗山 真理子 |
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初めまして、栗山真理子です。
初回は「私」の自己紹介と共にアラジーポットの活動とその活動を通して抱くようになった患者参加への思いについて記させていただきます。
【アラジーポットの設立】 闘病中はぜんそくやアトピー性皮膚炎、そして食物アレルギーのことが頭から離れず、ただ子どもだけを見守り続け、すべてがアレルギーを中心に回っていた日々でした。しかし、子どもの状態が落ち着き、時間にゆとりが出てくると、私たちが闘病中に「この病気を学校の先生やお友達に正しく理解してもらえるように、あったら良かった」と思っていた資料(パンフレットや紙芝居などの「入園入学マニュアル」)を、あの時の私と同じように今困っているお母さまがたにお届けしたいと考えるようになり、「アラジーポット」を立ち上げることにしたのです。 |
その後、私はアレルギー児の親であった経験を生かし、2004年、厚生労働省の研究班(日本アレルギー学会のメンバーによる)が作成した「EBMに基づいた喘息診療ガイド2004」を患者さん向けに改変する作業に参加することになりました。こうして作成した「EBMに基づいた患者と医療スタッフのパートナーシップのための喘息診療ガイドライン2004(成人編)」「同(小児編)」の冊子が『日本で初めて患者がガイドライン作成に参加した結果』だということは、後日、新聞の記事を見て初めて知りました。 患者がガイドラインの作成に参加することは、すでに英国では当たり前の出来事になっています。日本でも2001年に福井次矢氏らが作成した『診療ガイドラインの作成の手順(GLGL)ver.43.4』の中に、診療ガイドラインの質を評価する項目として「患者の意向が考慮されているか」ということが記載され、患者の参加をすすめています。しかし、私の知るかぎり患者が参加して作成された診療ガイドラインはわずか3件(2004年:日本アレルギー学会、日本小児アレルギー学会、2006年:日本乳癌学会)に止まっているのです。
【患者会情報センターの設立の動機】 さらにその後、相次いで厚生労働省と文部科学省のアレルギー関連の委員会(※)の委員に就任したことで、その思いはますます強くなっていきました。そして、アレルギー政策にかかわるようになり、その責任と役割と果たそうという思いはあっても患者委員として何を求められているのか不透明な状況の中で、なかなか自信を持つことができませんでした。「もっと他に適任者がいたのではないだろうか。私がこのような政策の場にいてもよいのだろうか」。そんな新たな疑問を抱くようになっていきました。 この疑問は、その後、患者支援の研究活動へとつながり、今、日本患者会情報センターという組織へと発展し、診療ガイドライン作成の場や医療政策決定の場において、患者団体が持つ社会的機能を十分に活かせるようにサポートを始めています。次回は、日本患者会情報センターの発足経緯と活動内容についてご紹介させていただきます。 |
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※委員等を委嘱された委員会、学会は以下の通りです。
* 厚生労働省「アレルギー対策検討会」委員(2004年)
* 文部科学省「アレルギー疾患における調査研究委員会」委員(2004年)
* 第17回日本アレルギー学会春季臨床大会シンポジウム「アレルギー疾患の自己管理向上のために−患者と医療関係者からの提言」シンポジスト(2005年)
* 第18回日本アレルギー学会春季臨床大会シンポジウム「患者(受療者)の目線からみたアレルギー治療」座長(2006年)
* 厚生労働省「喘息死ゼロ作戦評価委員会」委員(2006年)